四柱推命で見た自分の心の病気”離人症(現実感消失症)”について(過去回想と愚痴を含むが客観的考察でまとめてます)

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お久しぶりです。唯ひかりです。

今回、基本は自殺願望に苛まれていた最も暗黒期である辛時代のお話をメインにします。現在、その辛時代の傷を癒す辛を剋す丙が来て私の甲の傷が癒えてくるということをどんな現象が起きているのかを交えて壬(海)的な感じで自由奔放に書き殴っていきます。あまり文章構成を緻密に組んでいませんので悪しからず!(^○^)💓

※甲(きのえ/木)という私の日主は5行のエネルギーの中で唯一の生き物で、過去に傷ついたなどのことを一番覚えていてねちっこくなる傾向があります><ご注意を…笑 あと、木と火は怒りっぽいところもあります(笑)

今日は、自分の離人症の状態が良くなってきて自分が今ここに生きている感覚を取り戻しつつあるのでそれを、四柱推命と絡めて紐解きつつ自分の頭の中を整理したいなと思い書いてみたいと思います。※途中話がそれて単純にグチってる所もあります。自分の心を整理したいのがとても強いので何卒ご理解下さい。見たくない所は飛ばしてください。

自分の命式をまず共有します。

時 日 月 年

乙 甲 庚 辛

亥 寅 子 秘 (年齢非公開の為年支非公開です。)

まず、小さい時からかなり生きづらい人生だったことは、四柱推命を知っている方なら、この並びを見ただけですぐにわかっていただけると思います。ここでまず最初にやっぱりなぁとすごいなと思う四柱推命の的中内容を話します。

私が非常に辛い時期にあった9−19歳の間の辛丑の時期、”甲申の絶”の時に私は離人症を発症していました。この時期は学生時代の厳しい部活と同級生からのいじめと家族に放置されていたのと、新しい父という人に家庭内暴力を受けていた時で「誰も私を守ってくれない」という時でした。ここから、この世界にいたくないという感情が出てきて、私自身が何も感じられなくなってしまえば辛いことが起きても感覚が麻痺しているので生き延びられるんだと思ったことがあったのでした。それから少しして感情がなくなって、世界にリアリティがなくなっていき、現在ようやく直りつつあるという今に至るまで長く私を苦しめました。

とあるスピリチュアリストが病気は逃げだとか言ってます。今あるものに感謝したら現状は良くなるとかも言っていますよね。ですが、それは私的には時に暴論のように感じます。そのスピリチュアリストの方、誕生日を公開されていたので命式と大運を見ましたが、今が絶頂期であり、その方自身も過去に病を患っていた時は実際にそうゆう病気になり得る辛い時期でした。それで根性論で治したと思っているのがなんだか神様の声が聞こえるという割に、私にはしっくりきません。運命学がここまで浸透しているのは事実運命の巡りがあるからそれを受け入れる中で自分ができることをやるというある種の諦めとその中で自分に適切な人生観を得て生きていく為の健全なツールだと思います。それを無視して引き寄せだけを根性でやるのは流石に無理があるんじゃないかなと…でもわかりませんよもちろん。可能性として引き寄せでなんでもできちゃうと言い切るには早いなと思うということです。

例えば私には、離人症をやってしまったのもこの命式と大運の流れの中で抗えない出来事だったのでは?と思ってしまいます。元々私は明るくとても前向きで真面目な誠実な生き方が好きな人ですし、極端なくらいポジティブでした。でも、、、そんな簡単にありがとうと言えるかと言えば、周りに暴力的な人たちがいる中で、怖いとかひどいと思ってしまったりこの人たちから逃げたいと思うのは自然なことだと思うんです。(子どもなので逃げられない、逃げても迎え入れてくれる場所が見つからない、家出をしたこともありました。泣きながら夜に寒くなってしまい疲れて帰ってきてという感じ)エネルギーが巡ってくるとそのエネルギーに適した現象が何かしら起きます。それまで前向きでクラスの中でもリーダー的な人で自分がそのような悲劇的な人になると思ってなかったです。ただ、庚子の大運の8歳ころに、自分の母は私の心や感情に無頓着なのだとはっきりわかった時に愕然としたことがありました。それで母はどうしたら私をわかってくれて大切にしてくれるだろうかと想像した時に、母が珍しく自分の趣味嗜好の話をしたことがあり、(私がレ・ミゼラブルをテレビで見ていた時でした。)それ面白いよねと話してきたんです。私はびっくりして、母が何かに面白いと発言しているところを多分初めて見たんですよね。いつも何も話さないので、、、、、、で、私はレ・ミゼラブルの主人公のようになれば母は私を大切にしてくれるのかなと思ったということがありました。

そして、絶の運気の巡りでその悲劇の主人公の時代を長く享受することになったということです。ここで、引き寄せで不運を得たかったから得たのか、または母が私を心から愛していると感じられなくてもいつもの衣食住を与えてくれていることに感謝して前向きに生きていて違う未来を望んでいたのならもっと明るい人生もあったのかもしれないとは思うんですね。そこがまた運命学の難しい所ですよね。私は四柱推命の学校には行ってません。少しなら行ったこともありますが、だからと言ってこのように引き寄せと合わせて実践的な現象を捉えられるかといえば物理的に無理ですよね。2つ以上の人生を同時に選べるなら検証できますけど。笑

”絶”というエネルギーは肉体を失いあの世に向かう魂の状態です。この私の甲申は大運の庚と相まって強く私を剋して自分の実態感覚を失わせるという体験を与えたということですね。しかも、この大運の庚子は私の命式のなかにある庚子と同一干支なので私は慢性的に離人感を抱えてしまう状態となったということなのだと思います。ですが、私の大運が現在癸卯、今年は甲辰、月が丙寅、ということで、”寒くて凍って弱って海に流されていた使えない大木の私”という危うい命式に、わずかに海をせきとめる戊(土)と辛の冷やす運気を弱める太陽である丙(火)と月の寅が共に巡ってきて私が自分自身を思い出すという現象が起きているということなのだと思います。(金を弱めて木を強めたということです)ただし完全に思い出せた訳ではなくじわりじわりと、しかし確実に思い出してきています。丙と戊は私の喜神です。丁も働く上では重宝するエネルギーとなりそうですが、まずは丙が大切です。逆に壬は私を放浪させるのであまり良くないです。占いは壬のエネルギーになるので、、、、ですから私は占いは好きでやっている訳ではないと何度も言ってきている訳です。やるならタレントとか女優さんとかをやりたいですね、、、。

で、私は自分という意識を思い出せたことがとてつもなく感動的で嬉しいことで。本当に、、、泣きました。これから私の大運はどんどんと土と火のエネルギーが増えていくので将来がとても楽しみです。過去の友人とはもうほとんど会っておらず、また恋人ともさようならしていて、自分も彼らを本当の意味で愛せていたのかよくわかりません。実際、大運に火と土がなかった時代の私のご縁では火と土を持つ人との縁は少なく、今でも連絡を取れている人と言うのは5人もいませんね…。でもその友人知人(今は縁を切ってしまったが元恋人)には(火or土+木)がわずかに入っていてその人たちが私をなんとかここまで繋いでくれていたんだなとわかります。きっと良い日(本当に縁日ってあるんだな…)に初めましてをしていたり親密になっているはずです。本当に生かされているんだなと感謝します。ありがとうございます。。。

実は今日、母が明日がひな祭りで兄夫婦の家に向かうため、私に「今日食事に行く?」と誘ってくれました。昔は全然このような対応をしてくれたことはなくて、私はいつもいつも放っておかれて適当にされていましたから、大人になってから散々、母に私を適当に扱わないで、きちんと心で向き合う意識をして、楽しい時間を過ごしたりコミュニケーションを取ろうと意識してとお願いしていたので極たまに外食の誘いをしてくれるようになりました。私からお願いしても、大体は都心に行きたかったりするので、生活圏が極狭い母は「え〜」といって嫌な顔をします。昔はどこにも行きたくないと言われて一緒に出かけるという事は皆無でした。例え近場でもです。でも大運が良くなってきましたので、母も対応してくれる季節にあるという事ですね。。。もうほとんど私が周りをコントロールするということは当然不可能でお願いを聞いてくれる人も皆無です。全部いつも、自分でやれ。ほとんど一人ぼっちです。はっきり言って人間不信でしたから友達とも数ヶ月に一回会えるか会えないか。恋人もいない期間の方が長くていても月に1回会えるかなくらいな感じでしたから恋愛経験値は低い方だと思います。愛されなれていないと思います。で、親は放任主義だそうで、それが良い教育なのだそうです。突き放していて私の感情なんて私が好きなことや大切にしたいことなんてどうでも良いと言うのが本音だと思いますから、別に教育なんて大義ではないでしょうと。。。思います。私は家族に絶大な幻想を抱きすぎなのかもしれませんが、、、私が家族を持ったら良妻賢母になる自信しかありません。はっきり言って家族が大好きと言ってくれるこどもや旦那さんの映像を浮かべられますよ。そのくらい私ならこんな暖かい家庭を築くのになあと強く思います。だからこそ自分の育ての父と母へ優しい見方ができていない所もあるかもしれませんね。今これを書いていて気付いたことです。どんな人も完璧ではないのでもっと父と母に優しくしてあげないといけないのかもしれません。というかもう諦めと放置でいいかなと思います。。。思いやりを持って声をかけても思いやりだとわからない母。父はその点マシですね。情緒的コミュニケーションがまだできます。父にこの前久しぶりに会った時に、母が席を外した時に、「お父さんは、お母さんのあーゆうリアクションとか無表情な感じって一緒にいて大丈夫なの?」と聞いてみたら、あれがお母さんなんだよと…。父は思ったよりも母を受け入れていたのでびっくりしましたね。

私の記憶では家族(父母兄兄私で)と遊びに行った回数は本当に3回ポッキリです。でも無いよりはマシですよね。泊まりの旅行は完全に無いです。

関東圏にある人工スキーに行った記憶、サイクリングに行った記憶、少し車で行った先の公園の噴水前で水浴びをしてピクニックをした記憶。以上3回です。それ以外は常に喧嘩をしている父と母、もしくはいつもブスッとした顔で私が何を言っても笑ってくれない、私に興味関心のない母。(ご飯あげてれば良いんでしょ。あんたが何を感じたとかどうでもいいし聞く気ないしあんたの気持ちなんかわかんないよ。自分の事は自分でやって)という完全にアスペルガーな母。父は大体不在。いても私が見ていたテレビ番組のチャンネルを野球中継に変えてしまうので私は野球やスポーツの中継映像を見るのが嫌いになりました。でも愛情表現という面では父は母よりも私によくしてくれていたと思います。膝の上に乗って子どもだった私の柔らかい頬に父の硬くて尖った顎の髭をジョリジョリと擦り付けられて、以降二度と父の膝上に乗るのが嫌いになって寄り付かない様になりました。後、酒臭いのと外着のままだったりでなんか汚い…と上に乗りたくなかったんです。それを見た父は自分は嫌われたんだと思ったのか私に対してあまり近づくことを求めなくなりました。そしてその後少ししてから、父が上の階に住んでいた人の借金の肩代わりをしてしまい(当時はあまり連帯保証人の重さが理解されていなかったようで騙されてしまった様です)兄が父を殴って大乱闘し、お金のことで離婚して父がいなくなった感じですね。

 

私はいつもひとりぼっちでしたし、金運もないし、自己同一性もうす〜くて、どこで誰としてどうやって生きていったらいいのかわからない、助けてくれる人もいない。そんな感じの今でいうところのプチ東横キッズみたいな状態でした。

自宅は辛うじて居候できていましたが、私自身が実家にいると発狂したくなるほど居心地がなぜか悪くて鬱っぽくなって本当に無理すぎたので借金してでも引っ越して実家を超絶避けていました。

でも何度引っ越ししても、転々と放浪しても、職場を45回以上変えて散々な人生でしたし。騙されたこともありましたし、、、職場でもひどい扱いが多かったですよ。明日は猫ミームでそのうちの一つ、不動産営業時代の話を5分程度にまとめたおもしろ動画を出しますのでよかったらみて下さいね。

 

ということで、今回の記事は単なる愚痴なのか不幸自慢なのか自分との自己対話なのか占星術のお勉強なのか意味不明な記事になりましたが、そうゆう魑魅魍魎の壬時代(海には雨の癸よりも多くの経験をするという意味がある)の話を最後に加えてしまいましたが、基本は自殺願望に苛まれていた最も暗黒期である辛時代のお話をメインにしてみました。

辛を剋す丙が来て私の甲の傷が癒えてくるということを言いたかったですよ。

ちなみに、この文章を描こうと思った時間帯は本日の15時過ぎで、その時間に巡っていた干支がなんと甲申でした…( ぶっ飛びぃ〜😂 !!! 笑 )

前に四柱推命の講座を受けにいった時に、私が大運の巡りの時期にそのエネルギーと一致するような命式の人とたくさん会うので、やっぱり大運と事象はリンクしてるんですね〜と日主癸の先生に言ったら「はぁ?それは決まったことではありません」とか言ってましたが、その先生には壬がまだ巡ったことがない様でした。で、大波乱の壬時代を過ごした私に癸の雨は少し小馬鹿にしたようにいってきましたが、先生まだ勉強たりてないんじゃない?と私はその時に思いました。

だって、雨癸は地上に落ちて海に集まります。現実界のことは壬の方がよく知っています。ですから、お勉強が得意な癸の先生には私の話は馬鹿げているというふうに写った様でした。でも先生の大運が庚子が最近スタートしたんですという話をちろっと耳にしたときに、「あ、だから私が先生の教室に縁あってきたんですね〜」と言ってそれでもまだわかっていない様でしたので、、、。そのかたは月に甲も出ていたのでこれからかなり出張が増えるんじゃないかな〜と私個人は思っていてそれを授業外でただの世間話程度にしたら鬱陶しそうにされました。それ以降私はその教室には行っていませんが、、、まあ私がズケズケと憶測を話さなければ良い先生ではあるので静かにしておこうとは思います。生意気に映ってしまったようで申し訳ありません。、、、壬時代に相当四柱推命と現実世界に関する対話はしてきていますから、それはも仕方ないことかなと、、、偶然の対話の中で、こうゆうことが起きるのはどうですか?と質問と確認したまでですからね。…(ーー)笑

壬、私甲からみての(偏印)を嫌う、辛い人生になるという流派は多いです。偏印持ちは占い師や霊能者に多いですね。かく言う私は12月生まれで自分の月支が偏印です。でも年柱に辛うじて土が来てくれて助かっていますがね、、、この土と言うのが実家なのでつまり、お金がなくなったら実家に居候しに帰るという構図なんですよね。この土の中に丁という愛情や優しさの星が入っていますので、母もアスペですが表現が下手なだけで本当は私をちゃんと大切にしたい気持ちはあるようです。ですから私もあまりわがまま言わずに無表情の母を受け入れないといけないですね。もう諦めの境地です。達人にならなければなりませんね(泣笑)年干の辛がまあ本当にうざいですね。だから私はいつもいつも丙さんを求めています。丙さん大好き。午持ちも大好きです。あと私が受験生時代は戊の友達がずっとそばにいて一緒に頑張っていましたね。今思えば私の壬(フラフラして勉強頑張れない)を土の勢いで堰き止めて私の運気を安定させて受験合格に導いてくれたいわば私の超ラッキーパーソン(アゲまん)な訳です。でね、つまりこれを思うと、誰かにとってのアゲマンは他の人にとってはあげまんではないかもしれませんし、自分のアゲマンを見つけたらその人はそばにいてもらうのが良いんですよってことでもありますね。(本当に笑ってらんないくらい重要な話!笑😂)

 

 

この世界の事象はどんなに抗おうとしても、抗えないことがあると思います。綺麗事で済むなら病院も警察も宗教もいりませんよね。(^^)笑

まあ別に最終的にどっちでも良いやって、思っちゃう私ですが、、、

本当にやりたいこと、本当の自分と今後もっと関係を深めて皆さんの前できちんと方向性を提示してカッコイイ生き方をしていける様になりたいです。応援していてくださったらとても嬉しいです。ちなみに、私を好いてくださっている方のほとんど多くは土が大過しているはずです。

私のエネルギーがあなたにとって何か得になれば幸いです。この世界のできるだけ多くの人たちが幸せでありますように。最後まで見てくれて、心からありがとうございます(^^)

 

唯ひかり& 唯ひかりの中の人

 

コメント

  1. Taro より:

    土と火のエネルギー、土のエネルギーがめちゃめちゃ大きいTaroです笑 調べてみたらそうかもしれない集合の神秘。四柱推命3000年の歴史推し韋駄天の唯さんらしい。人は第一印象では判らないものですね。いつも微笑むに歴史にあり。猫ミーム声に出して大笑いしてました。苦しかった過去をユーモアにかえられる、私もそういう人でありたい。

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