小説『咲いた咲いた』 MV「ロールシャッハの花」

作品

 

前半はこちらのYouTube概要欄に書いてあります。

➡︎ https://youtu.be/D7iaRW447vw

 

後編

 

私がファンデーションと必死に格闘していると知るとお局様は何かを納得したらしく、私への視線が以前より減ってくれた様に感じた。

その頃からここの部署にも少しずつ馴染んできただろうか。近くの席に座っている別の女性社員の中田さんはとてもはつらつと優しい女性で「困った時にはなんでも聞いてね」と

時折、ロングヘアの良い香りを揺らして私にニコッとしてくれたし、彼女がニコッとすると一気に華やかになった。

私にとって本当に憧れの女性として映っていたし、世界基準で美人グランプリを開催したとしても私は迷わず彼女に自分の一票を入れるだろう。それはビジュアルなどの問題ではないのだ。醸し出す何かなのである。

中田さんは結婚してから20年以上経つが、今でも旦那さんと仲が良いみたいだし、この会社の勤務歴も25年以上ということで、相当な努力家なのだろうなと思ったりした。あれ?あのお局様よりこの会社の勤務歴が長いじゃないか。

中田さんのあのキラキラ感や余裕感は、この会社の事をなんでもわかっているし、お局様にも標的にされることがないので、安心感に満ちているのもあって発揮されているのかもしれないし、

あるいはもしかすると、旦那さんからちゃんと愛されているからこそ、こんなにこの人はキラキラしているのだろうか?などとも考えられそうだ。

鶏が先か卵が先か理論というのがあるけど、女性の幸せな人生に”誰かから愛される”というものが基盤にあると仮定した時、この理論を愛妻家の夫と堅実で愛おしい妻にも組み替えられることがわかるとそれについて考えながら帰宅する日もあった。または、安心感というキーワードも考えうるテーマになることが多かった。

社会人になって間もない私にとって、中田先輩は人生の師であるしこっそりとこの人のような生き方を夢見ている。そんなこんなで中田先輩は私の憧れであって、本当に色んな形でお世話になっている方だ。

ちなみに、他の同じ課の社員さんとはありきたりなコミュニケーションで付かず離れず業務的な会話以外は深くは話さない感じで挨拶ベースで日々を過ごしていた。

きっとお局様の目もあるし、私と特段仲良くしたいとも思っていないだろう。私も別に仲良くしたいとまで思っていなかった。どのみち嫌われるのは時間の問題だと思っていたからだ。

ちなみに「お局様は結婚していないんだ。」という情報を、異動時に人事の中島さんからコソッと教えてもらった。以前、新婚生活の話などを偶然の流れで少しだけ会話した新入りの20代女性がその日からお局様にあからさまに業務量を増やされたり、顔を合わせてもらえなくなったりして退職してしまった事があるらしいのだ。だから会話内容が業務意外の事になった時は注意しなさいとの事だった。

「あ、あの・・・それは会社側がお局様に注意をしなければいけない事だとおもうのですが…」私がそんな提案をしても部が悪くなるだけだと思うので一瞬浮かんだその言葉も喉の奥に戻して中島さんの話をわかりましたと密かに受け止めておいている。

やっぱり女性には愛されている実感が必要なのだろうなとこの2人を見てこっそり思わずにはいられない。だけど、結婚しないのが良くないとも思わない、バリキャリだって本人が納得していれば豊かなのだ。でもお局様になっている世の方々は往々にして自分より目下の女性が基本あまり好きではない傾向にあるなと過去を振り返って思う。たまたま早く生まれただけで簡単に上から目線で決めつけたものの捉え方言い方になるのは健康的とは思えない。あるいは嫉妬だろうか?何周か回って私たちに色んな意味で学びや恩恵を将来的にくださる存在でもあるが、その道は前途多難だ。きっとお局様もちゃんと誰かに愛されていたならもう少し心の余裕がある面倒見のいい女性になっていたのかもしれない。あくまで仮定だが。彼女達も悪気はないのだと思うし、きっと愛されていたいと思っているに違いないのは本能的で当然のことだ。

・・・ならば・・・結果いつも思うのだ。みんなそれぞれに納得して幸せに生きていれば大きな摩擦は起きない。

・・・ならば・・・一体何が原因でこのような世界が成り立っているんだろう、と。

こんな具合に色んな思考を日々巡らせて睡眠時間を削ってしまうのをそろそろ終わりにして自分に集中した生き方になっていこうと思いはじめた。

でも、もし研究所で働けたとしても私はきっと同じ人生を辿っていたに違いない気はしている。

どこに行っても、なんだか気に入られやすい人とそうでない人はいるし、いじめたい人もいじめられやすい人もいる。それは多くの場合選べないことが多いようだが必然か偶然かマッチングが完成されてしまう。

この前テレビでリアルエピソードを集めそれについてコメンテーターが集まって話し合っていく番組で「新婚の男性社員を見つけると色目を使う同僚がいるんですが、私はその女性に、なぜそんなことするのか?と聞いたら、”その新婚男性が浮気しようとしないかチェックしてあげているの。”と答えたんです。恐ろしくなりました。」というエピソードだった。コメンテーターは”改めて女の敵は女なんだなと思いました”と一言。

恐ろしいことだが、そのマッチングも偶然か必然か完成されてしまったのだ。そうゆう所にその人達は必然か偶然か居合わせたのだ。それが後々なぜそのマッチングを辿ったのか人生の第一章、第二章と章終わりに向かっていくにつれてあそこで起き”あの事件、あの苦しみ、あの喜び、あのマッチングの意味”それら全てがわかっていく事になるのだと私はなんとなく思っている。・・・なんて、私は一体何様なのだろうな・・・。

でもでもやっぱり、さっきの話に戻るが、人間的な思考にもどった限りでまた考察すると、悪魔に突っつかれて浮気チェックなどと言って色気を使ってしまう人がいるのはまだ可愛い方でこの世には理解不能な思考回路を持つ人がたくさんいるのだ。うっかり足をすくわれてしまった日にはまさに”なんて日だ!”という具合。必然か偶然かは後で知ることになるがその巡り合わせは何かの為に必要なのだ。それは何かの理由で偶然的に選ばれた人の都合が採用されて、あるシーズンになるとその人の為のターンが発動するのだ。でもそれは長くは続かない。そしてそのターンというやつは次の人に移行していくルールなのである。

そしてそのターン、ルールとやらを発動させている存在が一体何なのかは誰にもわからない。それは一体なんだろう。巷でいう所の”悪魔”だろうか。あるいはそれが天使だったり神様だったりするのか。はたまた全く奇想天外な存在かもしれない。いやこれは運命なのか・・・?

理系の院卒で本当に優秀だったら研究所で働ける所だが、私の場合は成績が少々良くても手先の不器用な部分が災いして、実験では余計なトラブルやミスで正確に物事が進まないのでゼミの後藤先生から推薦状をもらうことが出来なかった、そのくらい不器用だ。

後藤先生は、成績が優秀で笑顔の可愛い生徒にとても手厚く、それ以外の生徒や出来損ないには特に厳しかった。

いつも成績よりも実験と結果を美しく簡潔に気持ちよく出す事、実験の検証内容のクオリティにも厳しかった。

私は検証内容の企画力は良かったのだが、いつも詰めが甘いと呆れられていたし、実験も測り間違え、記入写し間違え、写真の撮り忘れなど、事あるごとに準備不足だと怒られていた。

そんなこんなで研究所の試験すら受けずに一般企業の事務職につくことになったのだ。

でも、そんな事を今のこの会社で言ったら面接で落とされれていたであろう。だから、なんとか使える頭だけを使って入社理由を取り繕って入社に至ることができたのだ。

だが、やはり世間の風は、どこの職種でも厳しくそんなもの一般の会社だって同じ事なのだ。

この会社にしがみつく事で精一杯だった。よく、前の課では週末の残業ばかりしていた。

そうでもしないと、2個上の男性社員の葉山先輩から睨みをつけられるからだ。

葉山先輩の癖は目線を右から左にくるりんと回してから優しげな声で、

「斉藤、自分のケツは自分で拭け。終わってない分は週明けまでに持ってこいよ」だった。

別に私の仕事じゃない。仕事の采配は課長がやっているし、課長は隣の課の課長とダベっては喫煙ルームでおしゃべりばかりしている。

それにコーヒー買ってきますと言って30分はろくに帰ってこない。私にやっとけと手渡される業務書類の右上の担当者欄の印鑑の所にはしっかりと課長印が押されてあるのだ。

私のやるべき事じゃないはずだぞ、コレは。

一度、課長に聞いてみたことがある、課長印について。すると自身の声の大きさを生かして周りの社員の目につくように

「斉藤、お前は上司に楯突く気か?!そんな暇があるなら終わってない仕事さっさとやれ!」と怒鳴った。

私は周りの社員たちから白い目で見られた。まるで私が悪いことをしたみたいに。

そんなこともあって、決まって私が質問をするとそれは先輩社員たちからすると”たてついた”と言う認識となる様で、怒らせてしまうので

質問も本当にしずらくなってしまった。そして余計なミスを起こして更にドツボにハマっていく。

ついに去年の12月、来年からの部署について異動の話が出た。

もしかして今の会社と合っていないのかも?でも、他にどこにいくあてもない。求人を数百件は見たけどピンとくるものもなかった。少し気になるところはいくつかあったのだが、条件を見ると自分の持っている資格やスキルに不釣り合いで選ぶ側選ばれる側というものが社会なのだなと痛感した。

そんな形で結局、今のところへの異動を決意した。

新しい部署でも、お局様から葉山先輩と同じ様に、終わらなかった分は週末には片付けて私のデスクに提出しておいてね。と言われていた。

今日は、その提出物を仕上げに会社に向かっている。自宅で完成できない社外持ちだし禁止の資料を使う為だ。

前の課の時は自宅でやっても休日に出勤することは数回だけしかなかったが、今回任された業務の資料は全部会社から持ち出せないときているので

今後の休日が思いやられる。私の休日はどの様になってしまうのだろうか…。

今日は、そんな休日出勤の日だというのに天気は晴れていてお出かけ日和と言う感じだ。

私は朝の支度を済ませていつもより1時間遅い9時出社を目指して中央線に乗った。

休日だから座れて少し嬉しい。そう思ったけど、これは休日出勤だと自分に言い聞かせる。

脳が誤作動を起こして、休日出勤中に嬉しいなどと勘違いを催していることに違和感を感じて自分を取り戻した。

「・・・・それでもまだ不幸中の幸いなのかもしれない。とにかく座れて良かった。」結局そう頭の中でつぶやいた。

色々思うことがある。でも全部言わないできていた。それでしか、しがみついて生き延びれなかっただろう。

東京は春の風が吹いているのに、今年はうちの会社では新入社員は取っていないらしい。会社の景気も良くないのだろうな。

私は会社の花見に呼ばれていないが、中央線から桜並木が近隣中学校などの並ぶ通りに満開になって咲いているのが見えた。

綺麗。他の社員さん達は仲良く今日は花見でもしているのだろう。

別にいいよ、、

私は少し周りの人より不器用なだけ。

孤独は感じるけど、

気遣いして気苦労する人たちと時間を過ごすよりはマシなはずだ。

桜が綺麗だ。

きつめに締めた腕時計のベルトが少し湿ってかゆくなってきた。

腕を指で軽くかきながら車内の温度を感じた。

車内は暖かいのに私はなんだか水色のような気持ちだった。

ただただなんでもない日々があるだけでいいのに、多くは望んでいないのに。

楽になりたいだけなのに。

乗り換え駅に到着して、中央線からネズミ色の広がる地下鉄に乗り換えた。

週末の地下鉄は会社に向かうにつれて子連れの家族や、大きめのリュックを背負った登山着姿の手を繋いだの男女が入ってくる。

彼らはどこへいくのだろう。今日は土曜日の朝だからきっとテーマパークや遠出のハイキングにでも行くのかな。

そういえば私は好きだった山登りも最近はできていないと言うことに気付く。

ふと、前に座っている男の人のキメてきたファッションの紫色の靴がなんとなく、私が気に入って履いていた、登山シューズのビビットな紫色を思い出させた。

その紫色だけ浮いて見える。私にはこの人がお洒落だとは思わないけど、きっと本人にとってはすごくオシャレに決まっているのだと思う。

バッチリと紫色が持っているバックの差し色にも使われている。ファンキーなような個性的な色のまとめ方ということなのかな。

って、そんなことどうでもいいやと、私のスーツが似合わない太ももを眺めて、コレじゃあ彼氏にも振られるなぁなどと反省を始めた。自分には食べているときくらいしか幸せはないんだからもうそれくらい許してほしいがこの地球という惑星では見た目もその人の評価基準としてかなりの割合を占めていることも承知している。わかっているよ。

自分の太ももを眺めてから、車内に目を向けると十代に見える女子が立っていて、その彼女の桃色の肩出しチュニックに白の花柄のミニスカから伸びる美脚が車両を支配している事に気づく。

バックはエルメスだ。よく見たら多分バーキンってやつだと思う。というかそれだ。

たまたま数日前にバックを探していた時にあまりの値段の高さに跳ね上がった記憶がありその形状を覚えていた。

明らかに若くて自立していないだろうその子は肌が綺麗で思わず私がチラ見してしまうと斜め先に立っている休日出勤の40歳以上と思わしきのサラリーマンや

そのリーマンおじさんと並ぶようにして違和感を持って近くに立っている全身黒で無難に決め込んでいる30歳前後くらいの男も

その子を見ている事になんとなく気づいた私はなんだかげんなりした。

あの子は誰にお金をもらっているのだろう。まあなんでも良いや。・・・と思いながら不公平だと思い始める。

なんでもよくないよ。なんでもよくない。

なんだろう。

すごく虚しい

すごくそわそわする

これじゃいけない気がする

何かがおかしい気がする

全く噛み合ってない現実

何がどうすれば良いのか

わからない

何かをどうにかしたい。

どこから歯車が来るってしまったのか

過去を振り返っても仕方ないじゃないか

どうすればいいのか、、、でもとにかく

なんだか急にものすごく不安になってきた。

変えたい、変わりたい

どうにかしたい、ソワソワする

変わりたい

変わりたい

変わりたい

変わりたい

変わりたい・・・!!!!!

地下鉄はより一層地下へ潜っていくように感じられた。

その瞬間にあたりにいた人たちが揺れ動いた。

列車はギギギギギギーーーーーー!と音を立てて急ブレーキをしてるみたいだ。

車内が一瞬にしてざわつく

わあああああ!きゃーと男も女も叫び始めた。

次に子供が一番甲高い声で「お母さん!きゃー」と叫んでいる。

どうやら列車は斜めに傾いているらしい。

列車は止まることなく鉄の摩擦する激しい音を立ててスピードを調節できなくなっている。

車内に警報ベルが鳴った。更に車内はリリリリン!リリリリン!と混乱を極める。

もう何が何だかわからなく鳴ったその瞬間に大きな金色の閃光が走った。

そして私の目に車内の人達はスローモーションになって写って見えた。

声までスローモーションだ。列車の外が窓からチラリと見えた次の瞬間

何か大きな目と睨めっこした私は「きゃーーーーっ!!!」と悲鳴を上げようとしたが

私の声もスローモーションになっていることに気付く。

大きな目は窓から逸れる様にぬめーと前に移動した。すると次には金色の板・・?いや違う、金色の鱗だ、、金色の鱗がギランギランと揺れながら前に連なって移動してるのが見えた。

私は直感した。「・・・あれ、、あの大きな目と大きな金色の体、金魚?!!!」

遅れて自分の喉がゆっくりと悲鳴を上げ始めている。

次の瞬間私の体は地面に叩きつけられた。

痛すぎる、ひどい重力によってなんの抵抗もできない自分のちっぽけな身体を感じる。

斉藤ミミの頭部から大量の血が流れ始めた。

同時に、例の若い女の子は前方に跳ね上がってその美脚は40代サラリーマンの顔にぶつかり、全身黒の20代男性と女性は頭をゴッツンコという具合にぶつけ合った。

紫色のシューズで決め上がっていた男性は登山に来ていた若いカップルの間を全身で覆い被さるように裂き裂いた。

子ども達はお母さんにしがみつく前にボンネット辺りまで体が宙に浮いた。

あの子の持っていたバーキンが飛んできて斉藤ミミの唇を裂いた。

列車にはリリリリリリンとやまないベルだけが鳴り響いてあたり全体が真っ暗闇に包まれた。

斉藤ミミは完全に意識を失っていたが、なぜか安堵のような微笑みが彼女の顔には浮かんでいた。

彼らは暗闇の中に葬られた。

「痛っ・・・・・・。あれ、、、ここは・・・」

目覚めるとそこは病院だった。

白いカーテンのある清潔な病室内はなんだか天国さえも思わせた。

ここはどこだろう、私はあの後どうなったんだろう。

頭には何かが巻きついている様な感じがあって、ひどい頭痛がしている。

頭痛がすごくて動けなかった。

数分してから頭の上にボタンがあることに気付いてボタンを押した。

恐らくナースコールだと思う。

看護師さんが足早にやってきた。手を握ってくれて、

「斎藤さんですね!良かったわ、、意識が戻ったんですね。すぐに医師とご家族にもおしらせしますからね。ちょっと待っていてね。」

そう言って看護師さんはにっこり微笑んでくれた。

その瞬間に、私は、「あ、会社!!!会社に連絡していない、提出物、、、どうしよう」と掠れた声で口走った。

ミミの声は虚しく何も意味をなさない。

少ししてから医師が入ってきた。

「斎藤ミミさん、私はあなたの担当医の石川といいます。意識が戻って良かったです。頭蓋骨にヒビがあったので頭痛があるかと思いますが、、、ご気分はどうですか?」と先生は私に言った。

私は、顔面の筋肉がこわばっていて話しにくい感じがあったので、出来るだけ聞き取れる様にはっきり喋る様に大きめの声を発する様に意識した。

「頭痛がすごくて動けそうにないです。後、まだ会社に連絡できていないはずでそれが心配です。・・・でも、助けてくださりありがとうございます。」

これほどまでに、”私は生きている”と言うことを感じさせられたことはない。痛みは私に自分の生命を知らしめるかの様に存在感を持っていた。

医師は言った。「あなたは列車事故が起きたことを覚えていますか?」と私に聞いた。

私は、ウンと大きめに頷いた。

「あの列車事故が起きてからおよそ3時間後に列車の中から救急隊によって救出されてここの病院へ搬送されてきました。ミミさんは脳震盪を起こし、かつ一時、心肺停止状態にありました。仮死状態と言いますが、救急隊の方の迅速かつ賢明な応急処置によって無事に意識が取り戻されました。そして、病院に運ばれてからすぐに検査とオペを行いました。内容としては頭蓋骨にヒビが入っていたのですがCT上では脳に大きな損傷は見つからなかったので頭蓋骨のヒビをチタンプレートでくっつける手術をしてあるのと、他、上半身と下顎部に切り傷等が散見されたので形成術もしてあります。傷が落ち着いてくるまで、あと抜糸まで時間を要しますが他はなんとか無事で他の内臓なども機能しています。あれだけの圧がかかったのにも関わらず、内臓が潰れていなかったことは奇跡としか言えませんし、手術も無事終わったので本当に良かったです。手術が終わって今日は3日目です。もう大丈夫。安心してくださいね。あとは担当の看護師から説明があるはずなので指示に従って安静にされてください。」

先生はとても流暢にことの流れを説明してくださった。とても驚いた。まさか自分がこんな経験をすることになるとは。

続けて看護師さんが言った。「あとはこの点滴を打って、10日後に手術した箇所の抜糸をして、その間は斎藤さんの全身の筋肉を使えるように動かして行きましょう。うちみもひどいのでリハビリの人にもついてもらいます。大丈夫よ。」

私は「ありがとうございます。」と言って大きく会釈をした。

その後に、看護師さんからさらに続けて言われた。

「あと、あなたのお母様が午後にお見舞いに来られるそうです。また、お二人揃った時に、先生から症状と今後の予定について、お薬についてもご説明しますので、午後までゆっくりしていてくださいね。」

そう言うと、先生は先に出ていかれた。

看護師は点滴のつられている透明の液体袋を静かに確認してから後を追うように出て行った。

私は何か時の流れを感じていた。静かなる白い空間。

何もない空間。

沈黙と無が私を包んだ。

少ししてから病室内の窓から風の流れがあることに気付いた。

窓が空いている。

そちらの方をみる。銀色の冊子の向こう側の少し先に見える桜の花は満開を極めており、気持ち良い風が病室内に吹き込んでいた。

さらに遠くには何かグラウンドが広がっており、よく見ると学校があるようだった。だだっ広いグラウンドと緑色の格子が病院の広めの遊歩道と学校側の敷地を間仕切っている。

「なんだか気持ちいい。」とミミは心の中で呟く。

斜め向かいには数名ほど、同じ様に患者が寝ている様だがほとんど存在感を持たないので私は病室に自分一人しかいない感覚でいた。

ただただ柔らかい僅かな風と白い空間に自分という個体がポツンとあるだけ。

一瞬、会社のことも思い出したが、こんな状態だし、何かしらの対応はされているだろう、ひとまず今はもう、桜を見ることを楽しもう。

そんな具合で自分自身の目の前の気持ち良いことに没頭する時間に当てた。

母が午後になって病室に入ってきた。

「ミミちゃん。良かったわ。目が覚めて。お母さん、本当に心配していたのよ。」と涙を浮かべて恐らく小学生ぶりにハグをした。

私は「ありがとう、それからお見舞いもありがとう。」と言った。

その後に母は言った。

「あの後、会社から電話があってね、急だけど、”齋藤さんには会社は辞めてもらう様にお願いしたい”って言われたの。

お母さん、どうしたらいいかわからなくて、本人に伝えておきます。としか言えなかった。ごめんね。

始末の付いていない仕事だけ片付けたら辞めてもらいたいからいつ来るか、目が覚めたら連絡してくれって。

お母さんね、目も覚ますかわからない娘にこんな言い方する会社だなんて思ってもいなかったし、

それにね、国から補助金が出るって言うことなの。だからね、もう辞めていいのかもしれないね。」

私は一瞬はがっかりしたが、でも、なんだかすごくスッキリした。

私は、辞めたかったんだと思う。ずっと。辞められなかった。麻痺していた、全てにおいて。

だから、強制終了が起きたのかな。一番ベストな形で終わりにできたのかもしれないなんて

急に私は事故にあったのにラッキーかも!?なんて不謹慎なことを思い始めた。

でもね、この世の中って矛盾だらけで不可思議な事がいっぱいあるという事がわかってきた。

だから、こんな展開はすごくラッキーだと思うことにして良いと思う。

私は会社に電話をした。

「2週間後には退院できそうなので、会社に戻ったら提出物だけ仕上げて辞めます。」と伝えた。

お母さんと真っ白な病室の中からピンク色の満開の桜を眺めた。

こんな形でするお花見も面白いかもしれない。

これからどうするとか決めてないけど、好きだった登山関係のお仕事なんて探してみようかななんて思っている。

窓から一面に広がる桜と淡くて優しい春の匂いが私を包んだ。

終わり

 

コメント

  1. Taro より:

    不可思議のようであって不可思議でない物語、一気に読めて面白かったです。神秘体験なさっていてその意味を探求なさっている方々おすすめしたいです。魂が望んでいない方へ進ませようとしない力がなぜか起きます。何度か経験していてフラッシュバックしました。一見ものすごくネガティブな出来事なんですがあれよあれよとポジティブな方へ。あらがうことのできない神様の力としか思えない奇跡•••最近こう思うようにしています、神様はみんなそれぞれの魂の望むものをよく知っていてその願い叶えようとしてくれて。神様はポジティブな存在、ネガティブな概念を知らなくて変化を起こす出来事がたまたまこの世界でいうネガティブな出来事で。わる気はないんだ(笑)ありがとうって言えるようになりたいです。

    • Hikali HiKaLi より:

      不思議体験って体験した人達にとっては人生が覆るようなことになって他の怪しい世界はという人達とは全く違う視点や世界の捉え方に否が応でもなっていきますよね。きっとTaroさんもそうなんですね。ありがとうって言えるようになりたいです、、、素敵です(^^)*

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